大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)6051号 判決 1969年4月30日
原告
松若アキエ
被告
辻秀繊維株式会社
ほか二名
主文
一 被告らは各自
原告に対し金五五五万六七〇七円および右金員に対する昭和四二年一二月二四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
一 原告のその余の請求を棄却する。
一 訴訟費用はこれを五分しその二は原告の、その余は被告らの負担とする。
一 この判決の第一項は仮りに執行することができる。
一 但し、被告らにおいて原告に対しそれぞれ金四〇〇万円の担保を供するときはその者に対する右仮執行を免れることができる。
事実
第一原告の申立て
被告らは各自原告に対し金九二九万八三一五円およびこれに対する昭和四二年一二月二四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
との判決ならびに仮執行の宣言。
第二請求原因
一 本件事故発生
とき 昭和四二年二月二六日午後八時一〇分ごろ
ところ 大阪府泉佐野市大西町一九五八番地の二先交差点路上
事故車 小型貨物自動車(大四ら六八三六号)
運転者 被告 田中信
被害者 訴外亡松若正次郎
昭和四二年二月二八日午前一時四〇分死亡
事故の態様 北方より時速五〇キロで南進してきた事故車が、自転車に乗つて横断歩道上を西から東へ進行中の被害者を踏ねたもの。
二 責任原因
1 被告辻秀繊維株式会社の責任について
被告辻秀繊維株式会社は、本件事故車を、左記のように同社の営業の為に使用して運行の用に供していたので、自賠法三条の運行供用者としての責任がある。
なお、被告会社の後記(第三の一の2)の主張事実を否認し、次のとおり再主張した。
イ 事故車は貨物自動車であつて、もともと被告会社の営業用に使用する目的で購入されたものである。
ロ 通勤のため事故車を購入したという訴外辻野秀一の住居は被告会社の極めて近くにあり、通勤のために自動車を購入する必要などない。
ハ 被告田中は、司法巡査の取調べに対し、事故車を「勤務先所有の車」であると述べており、被告会社の従業員で、事故車をしばしば運転していた同人が、右のように信じていたことは、すなわち、同車が、常日頃から被告会社の所有のものと判断されるような使用のされ方をしていたこと―同社の営業のために使用されていたこと―を裏付けるものである。
ニ 事故車の自動車損害賠償責任保険契約は被告会社名義で締結され、同車の維持運行費も会社が出していた。
2 被告辻野秀の責任について
被告辻野秀は被告会社の代表者であり、かねてから会社に代り、従業員を、左のように、指揮監督していたものであるところ、本件事故は被告会社の従業員である被告田中の過失により惹起されたものであるから、民法七一五条二項により責任がある。
イ 使用関係
被告田中は、昭和四二年一月二五日、失業保険金受給のため、被告会社を退職する形式をとつたが、その後も被告会社の寮に居住し、引続き、被告会社の仕事をして同社より給料を貰つていたので、被告田中と被告会社の間の使用関係は中断することなく継続していた。
ロ 業務の執行中であること
被告田中は、被告会社の運転手ではないが、従来、しばしば本件事故車を運転することを被告会社から黙認され、事故当日も、事故車が、ガソリンスタンドにおいてあるのを、運転したのであるが、同人は今迄無断で運転したために非難されたこともなく、ガソリンスタンド従業員も、被告田中が、事故車を運転して帰ることに、何ら疑問をさしはさまなかつた程であり、ガソリンスタンドまで事故車を運転し、同スタンドにこれを保管させていた被告会社役員たる辻野秀一も、事故車が被告田中によつて持ち帰られたことを非難する気持もなかつたのである。このことからしても、事故車を被告田中が運転するということは日常行われているとみることができ、事故車の本件運行も外観的には被告会社の事業の執行につき行われたものである。
ハ 監督代行者であること
被告会社の規模は従業員が僅か男三人、女二、三人の程度であることよりして、会社代表者である被告辻野秀が同社の監督代行者である。
3 被告田中の責任について
被告田中は、事故車を運転して時速五〇キロで走行中、横断歩道上を進行中の被害者の存在に気づいたので、前方をよく注視し、徐行又は一時停止の措置をとるべき義務がありながら、その前方を無事通過できると軽信して減速せず走行したため、本件事故をひきおこしたもので、民法七〇九条により、損害を賠償する義務がある。
なお、同被告の後記(第三の二の4)過失相殺の主張事実を否認した。
三 損害 合計一一〇一万九五五円
1 本件事故により生じた原告松若アキエ、亡訴外松若正次郎の損害は次のとおりである。
イ 治療費 二〇万九六四〇円
ロ 葬祭費 二二万九七〇七円
ハ 得べかりし利益の損失 七七七万一六〇八円
亡正次郎は昭和四一年一一月より泉佐野市若松町七番一三号において、「松栄クラブ」なる名称で麻雀遊戯場を経営していたが、同人が死亡した昭和四二年二月末日までの同遊戯場における収益は別表第一のとおりであり、月により多少の増減はあるが(二月の営業収入の減少は本件事故により二五日迄しか開店しなかつたためである)各月の収益を平均すれば一ケ月一六万九二六七円となる。この金額から生活費を控除しても同人は一ケ月八万円の得べかりし利益を喪失したことになる。
一方、同人は明治四〇年二月一四日生れの健康な男子であり、第一〇回生命表によれば尚一四・九七才の平均余命があつた。そして麻雀遊戯場経営という仕事の性質被害者の健康状態から見て向後一〇年はその経営を続けることができたと思われる。
特別の事情のない本件では、収益も向後一〇年間、前記金額を下ることはないと思われるので、その喪失利益の現価を、月別ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して算出すると、七七七万一六〇八円となる。
ニ 原告の慰籍料 二五〇万円
原告は本件事故により、最愛の夫を失つた。亡夫とは昭和一一年一月二〇日結婚後平穏な家庭生活を営んできたのであつて、本件事故により経済的には勿論、子供がないだけに精神的にも唯一の支柱を失つたことになる。
ホ 弁護士費用 三〇万円
2 原告は亡正次郎の妻であり他に相続人は無く同人の死亡により、その権利を相続した。
3 原告は、前記損害につき日産・火災海上保険株式会社より自動車事故損害賠償責任保険金として一七一万二六四〇円の支払いを受けた。
四 結論
よつて、原告は被告らに対し各自前記損害金合計額より右保険金を差引いた残額九二九万八三一五円およびこれに対する、本件訴状送達の翌日である昭和四二年一二月二四日から支払ずみに至るまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第三被告らの答弁及び抗弁事実
一 被告会社及び被告辻野
1 請求原因第一項(本件事故発生)の事実中、松若正次郎が交通事故により死亡したことは認めるが、その余は不知。亡正次郎は横断歩道上を進行していたのではない。
2 同第二項(責任事由)の各事実は争う。
イ 被告会社は本件事故車輛の保有者でもなく、運行供用者でもなく、従つて原告の本件損害を賠償する義務はない。すなわち、
(1)、本件事故車は、被告会社の役員である訴外辻野秀一が所有し、同人が自己のためにのみ使用していたものである。
(2)、被告田中が事故車を運転した事情は、事故当日辻野秀一が、燃料補給のため給油所で同所の従業員に車輛を預け、給油所二階事務所で雑談していたところ、すでに昭和四二年一月二五日に被告会社を退社し、当時もはや被告会社の従業員でなかつた被告田中が、たまたま同給油所に来合わせ、見覚えのある辻野秀一所有の事故車を見つけて、無断盗用運転中、本件事故を発生させたものである。従つて、被告田中の右運転は、被告会社の業務と何等の関係もなく、又被告会社は右運行について、何等の支配権も、運行利益の帰属もない。
ロ 被告辻野秀にも本件賠償責任はない。
すなわち、前記のごとく、被告田中はすでに昭和四二年一月二五日には被告会社を退社しており、もはや被告会社の従業員ではなく、又前記のように、事故車の運行は何等被告会社の業務と関係ない。
3 同第三項(損害)の各事実はすべて不知である。
二 被告田中
1 請求原因第一項(本件事故発生)の事実は、事故の態様中、被害者が横断歩道上を進行していたとの点及び事故車の速度を除きすべて認める。被害者は横断歩道の北側を進行していたものである。
2 同第二項(責任事由)のうち被告田中の過失の点は争う。
3 同第三項(損害)の(2)(相続)の事実は認めるが、その余の事実は知らない。
4 仮りに被告田中に賠償責任があるとしても、本件事故発生につき被害者亡正次郎にも過失があり、損害額を定めるにつき、このことが斟酌されなければならない。
第四証拠〔略〕
理由
第一、本件交通事故の発生
原告主張の日時・場所に於て、被告田中の運転する事故車が訴外松若正次郎を跳ねて死亡させたことは、被告田中において争いがなく、被告会社及び被告辻野との関係においても右松若の死亡については争いがなく、その余の事実については、〔証拠略〕により明らかである。
第二、責任原因
(被告会社の責任について)
1 〔証拠略〕によれば、本件事故車の所有登録名義が同証人にあり、かつ事故車は同人の私用にも供されていたことは明らかである。それで、事故車と被告会社との関係について考えてみよう。
イ まず、事故車に対する運行支配の有無の点につき、証人辻野秀一は、交通事故により足を悪くし、通勤等のために事故車を購入し、これを私用にのみ使用していた旨を証言するのであるが、後に判示するように事故車が貨物車であり、かつ、秀一の自宅と勤先である被告会社とが、一〇〇メートル程しか離れていないこと、又、右秀一は被告会社で主に機械整備等の仕事をしていたのであるが、同人は被告会社社長の被告辻野秀の実弟で同会社の役員でもあり、被告会社が同人を加えて従業員五、六人の個人企業であることなどからすれば、本件事故車の使用にあたり、秀一の個人的使用と、被告会社の業務の遂行に関連した使用とが、明確に、分離されていたとは認めがたいことなどよりして、前記秀一のこの点に関する証言は措信し難い。(〔証拠略〕)
ロ 本件事故車はピックアップ型の貨物自動車であるが、一方、生産業を営む被告会社には、社長である被告辻野秀専用の乗用車一台があるのみで他には貨物車が無く、仮に被告辻野秀本人の供述するように、被告会社が、会社の製品や原料の運搬を他の業者に依頼していたとしても、その他日常の少量の原材料及び機械部品の購入運搬並びに前記秀一が会社の業務に関連して外出する際等には事故車が使用されていたことがうかがわれる。(〔証拠略〕)
ハ 事故車の自動車責任保険は、被告会社の名義で締結されている。(〔証拠略〕中、右の点に関する、保険契約を結ぶとき、たまたま個人の印鑑が無く、又保険料を支払う時手持の金が無く、会社の小切手を切つたからであるとの証言部分は、にわかに措信しがたい。〔証拠略〕)
ニ 被告会社代表者尋問の結果によれば、秀一の被告会社からの月給は月三万円で、家族は四人いたことが明らかであり、前記認定のような被告会社における秀一の地位及びハのような事情に鑑み、事故車のガソリン代・整備費等の運行維持費は、被告会社において負担されていたものとうかがうことができる。
ホ 被告会社の古くからの従業員である被告田中は、司法巡査の取調べに対し、当初、本件加害車は「勤務先所有の車である」と述べており、さらに被告辻野秀自身、本訴における本人尋問の際、「被告会社には車が何台あるか」との問に対し、不用意に二台と答えたのち「いや一台です」と言い直したこと(但し、この経過は、本件速記録においては、表音どおりに録取されず、要約されているが、裁判官の手控えにより明らかである。)が認められる。これは単なる言いまちがいと言うより、ふと日頃の意識が卒直に露呈されたものということができる。これらによれば、同人等は、日常、本件事故車を「会社の車」と意識し、このような意識は日常における事故車の使用の実態の反映であろうとうかがえる。(〔証拠略〕)
以上の事実関係を総合して考察するならば、結局、被告会社自身、辻野秀一と共に、本件事故車を、同会社の業務の執行等のために使用してこれを運行の用に供していたものと推認される。
2 次に被告らは本件事故車の運行は、被告田中の無断盗用運転によるもので、当該運行について、被告会社は運行支配と運行利益を失つていたと主張する。後記認定のごとく、被告田中は被告会社の事実上の従業員であり、〔証拠略〕によれば、田中はこれまでも事故車の使用を何回も許されており、本件事故当日も辻野秀一がキーをつけたままガソリンスタンドに預けておいた事故車を運転したのであるが、これをガソリンスタンドの従業員の者までも容認していた事実が認められるから結局、被告会社は本件事故当時、事故車に対して一般的な運行支配を失つていたものとはとうてい認められず、他にこれを肯定するに足る証拠もない。
3 従つて、被告会社は、自賠法三条により、後記の損害を賠償する義務を負うというべきである。
(被告辻野秀の責任)
1 〔証拠略〕によれば、被告田中は、失業保険金の受給に関し、本件事故前の昭和四二年一月十五日頃被告会社から退職する旨の手続を取つていることが認められるが、〔証拠略〕をあわせ考えれば、被告田中はその後も被告会社の寮に居住し、本件事故当時もほぼ毎日、以前と変りなく被告会社の仕事をして、給料も月決めで受取つていたことが認められる。右認定事実によれば本件事故当時も依然として被告会社は事実上被告田中の使用者の地位にあつたものというべきであり、かつ、事故車が前項で認定したごとく被告会社の事業執行の為にも使用されていた以上、右事故車の運転は外形的に観察するならば被告会社の事業の執行にあたるものと言うべきである。
2 〔証拠略〕によれば、被告会社は従業員五、六人の小規模な個人会社で、被告辻野秀は同社の代表者として右田中の使用者たる会社にかわつて事業を監督する地位にあつたことが認められる。
3 従つて、被告辻野秀は民法七一五条二項にいわゆる代理監督者として、後に説示する被告田中の過失に基く本件交通事故による損害を賠償する責任を負うというべきである。
(被告田中の責任)
〔証拠略〕によれば被告田中は本件事故車を運転して国道二六号線を時速約四五キロの速度で南進中、前方に設けられた横断歩道の手前を自転車に乗つて道路東側より横断中の松若正次郎が道路中心附近にまでさしかかつているのを発見しながら、右正次郎が途中で停車してくれるものと軽信して、警笛を吹鳴し同人に警告を与え、あるいは同人の動静に注視しいつでも急停止できるように徐行するなどの措置をとることなく、漫然と、同速度のまま進行を続け本件事故を惹起したことが認められ、被告田中は、かかる場合、前方を注視し、徐行又は一時停止の措置をとり、事故発生を未然に防止すべき義務がありながら、これを怠つたというべきであるから民法七〇九条により後記の損害を賠償する義務を負わねばならない。
第三損害
一、本件事故による原告及び亡松若正次郎の損害は以下の通り総計七二六万九三四七円である。
イ 治療費 二〇万九六四〇円
〔証拠略〕により、原告主張の通り、認める。
ロ 葬祭費 二二万九七〇七円
〔証拠略〕により、原告主張のとおり、認める。
ハ 慰藉料 二五〇万円
〔証拠略〕により原告主張のとおりの事実が認められ、これらの事実及び諸般の事情をしんしやくすれば、原告の精神的苦痛に対する慰藉料として、その主張にかかる二五〇万円を相当と認める。
ニ 亡正次郎の得べかりし利益 四〇三万円
〔証拠略〕によれば、亡正次郎はかねて、泉佐野市若松町に於て撞球場のマネージャーとして六、七年勤務していたが、本件事故の四ケ月前の昭和四一年一一月より同町において「松栄クラブ」なる名称で自ら麻雀遊戯場の経営を始めていたこと、及び同クラブの開業後四ケ月間における遊戯料収入が、別表第一の該当欄記載のごとくであること、これより人件費、家賃、電気代及びおしぼり代・お茶代等の諸雑費を差引いても、四ケ月を平均して一ケ月約一六万九〇〇〇円を下まわらぬ「収益」があつたことが認められる。
しかしながら、個人営業の営業主が生命を侵害されたことによつて生ずる財産上の損害は、特段の事情のないかぎり、原則として営業収益中に占める営業主の労務、その他営業に対する個人的寄与の収益部分の割合によつて算定すべきであり、特に本件麻雀遊戯場営業のように、物的設備・場所的利益等の収益に寄与する部分の大であると認められる営業においては、なおさらのことである。と考えられるところ、〔証拠略〕によれば、右正次郎死亡後も右「松栄クラブ」は原告の下で一年数ケ月以上も営業が続けられており、原告は今後もこれの営業を続ける意志であるが、その収益は原告の計算によると、別表第二のごとくであると認められるのであるから、正次郎の寄与分は、同人死亡前後の「松栄クラブ」の収益を比較検討して算出すべきであると一応考えられる。
しかし一方〔証拠略〕によると、原告は、右「松栄クラブ」の営業を引きつぐと直ちに、人を立てて五万円の退職金を支払い同クラブのマネージャーをやめさせた上で従来の営業を貸卓専門に切替えてしまつており、そのような営業方針の転換が同クラブの収益に致命的な影響を与えたと認められながら、同クラブの人的資本とも見られる右マネージャーの解雇等が正次郎の死亡によつて余儀なくされたとの事情は本件証拠上必ずしも明らかでなく、仮に原告の営業下に同クラブが赤字を続けていたとしても、必ずしも直ちに、従前のクラブの収益がすべて亡正次郎の寄与に基くものであつたとは認め難い。(現に、原告自身はほとんど店に出ず、これを他人まかせにしているにもかかわらず、昭和四三年からは、同クラブは平均すると、月額一万以上の収益を上げるようになつているのである。(〔証拠略〕)そして又一方、〔証拠略〕によれば、亡正次郎の生前の収入は税金やいろいろの諸経費を引くと手取り八万から九万であつたということであるから、税額の点を考慮しても、前記帳簿上の月一七万円近い「収益」が直ちに亡正次郎の収入であつたとも速断し難い。
これらの点からして、結局、本件にあらわれた証拠に基づき認定される範囲においては、正次郎死亡前後の「松栄クラブ」の収益を、甲五号証の一ないし二一(別表第一及び第二)により単純に差引き計算して、亡正次郎の逸失利益を算出することは適当とはいえないが、前記認定の諸事実及び前記原告本人の供述、及びこれにより認められる同クラブの当初からの営業の実態等を総合的に考察するならば、亡正次郎の同営業における個人的な寄与分が月額八万ないし九万円を下まわることはなかつたであろうことは、十分肯認されるので、本件証拠上亡正次郎の得べかりし利益は控え目に見て、一ケ月八万円を下まわらなかつたものと認められる。
そして、右収入を得るに必要な同人の生活費は、同人の年令・収入額、妻と二人暮らしであること等を総合して、一ケ月三万円を上まわることはなかつたと認められるので、結局、同人の純収入は、控え目に見て一ケ月五万円と認められる。
一方当時六〇才であつた(甲二号証)正次郎が本件松栄クラブの営業を続けることが出来ると認められる期間は、麻雀遊戯場営業という仕事の性質、同人の健康状態等から見て、同人の平均余命(昭和四二年簡易生命表によれば一五・八九年)の約半分にあたる八年間程度と認めるのが相当であり、かつ、同人はこの間前記純収入を月々得てゆくものと認められるので、その得べかりし利益の現価を月別ホフマン方式により年五分の割合いによる中間利息を控除して算出すると、四〇三万円となる。(一万円未満切捨て)
算式
(八万-三万)×八〇・六一〇六五=四〇三〇五三二・五
ホ 弁護士費用 三〇万円
〔証拠略〕によれば、原告は本件訴訟を提起するに際し、原告訴訟代理人に着手金として金三〇万円を支払つているものと認められるところ、本件訴訟の経過、日弁連報酬規定等に照らし、右支出は本件事故に基く損害の延長として右事故と相当因果関係の範囲内にあるものと認められる。
二、亡正次郎には妻である原告以外に相続人がなく、原告が正次郎の死亡により、同人の前記一のニの損害賠償請求権を相続したことは、被告田中において争いがなく、他の被告の関係においても甲二、三号証により明らかである。
三、被告田中は過失相殺を主張するが、本件事故の態様は同被告の責任を説示した所で認定したとおりであり、就中、事故車が衝突位置の前二〇メートル程のところに南進して来た時には、亡正次郎はすでに道路中央附近にまで横断して来ていたこと、衝突地点は横断歩道のすぐ手前で、正次郎はこの横断歩道に沿つて進行していたこと、被告田中は制限速度(時速四〇キロ―甲九号証)を越える速度で進行していながら、前方に横断中の正次郎を発見しても何ら徐行等の措置をとらず、衝突する迄ブレーキをかけたとも認められぬこと、等の事実に照らすと、本件において亡正次郎に過失相殺にあたいするような不注意があつたとはとうてい認められないので、右主張は採用し難い。
四、以上によつて、原告に帰するを相当とする損害は総計七二六万九三四七円と認められるが、原告がこれに対し、自賠責保険金一七一万二六四〇円の支払いを受けていることは当事者間に争いがないので、これを右損害総額より控除すると残額は五五五万六七〇七円となる。
第四結論
被告らは各自原告に対し金五五五万六七〇七円および右金員に対する本件不法行為による損害発生後であること明らかな昭和四二年一二月二四日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払わねばならない。
訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条仮執行および同免脱の宣言につき同法一九六条を適用する。
(裁判官 本井巽 上野茂 小田耕治)
別表
第一 松若正次郎の生前時代
<省略>
第二 同人死亡後
<省略>